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バイオグラフィ

スナックドルフィン 

8歳で、ささやき声しか出なくなる。20歳の頃より、大学卒業までの2年間に50曲余りを作曲。22歳よりソロ名義を「フレネシ」とし、「ささやいていても硬派」な楽曲を多数作曲。

坂本龍一氏主宰のミュージックサイト Musictree では、LiveBrain賞、ONKYO賞など、受賞多数。その類まれなアレンジ能力が高く評価される。

大学卒業後、ミニアルバム「Landmark Theater」、7インチ「aucitron」をリリース。英語、イタリア語で作詞された本2作品(現在廃盤)は、コレクターの間で幻の名盤と噂される。

そして2009年6月に乙女音楽研究社からリリースした初のフルアルバム「キュプラ」がHMVインディーズチャート1位、カレッジチャート1位を獲得するなど、大きな話題を呼ぶ。

作詞作曲、多彩なアレンジ、CDジャケット、PVのアニメーション原画に至るまで、作品の全てを自ら手がけ、シンガーソングライティングアニメーターという新しいアーティストのあり方を世に知らしめる。

アルバム「ドルフィノ」へのコメント

フレネシドルフィノ

2000年、ノストラダムスの予言で
1999年に降ってくるはずだった恐怖の大王の代わりに、
幻の少女フレネシは一枚のCD
『Landmark Theater』とともに、
ぼくの前にふわりと現れた。
ウィスパー・ヴォイスで世界を滅ぼすために。
そのとろけそうな音楽に身をまかせながら、
僕は思った。
しまった、これは致命傷だなって。

いつの間にか21世紀も10何年か経って、
フレネシはぼくらの前に戻ってきて、
『Landmark Theater』は『ドルフィノ』に生まれ変わって、
またしてもぼくらは彼女に破滅させられてる。
そして、何度も滅んで何度でも生き返る。

松永良平(リズム&ペンシル)

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フレネシさんに初めて会ったとき、
アルプスの牧場、あるいは白雪姫の森に
佇んでいそうな少女だと思った。
しかし、彼女の<過去と未来><アナログとデジタル><東洋と西洋>
<聖子と明菜><馬場と猪木>が入り混じるような
クリィミーマジックな音楽を聴いたあとは、
王蟲(オーム)を操るナウシカとイメージが重なった。
実際、UMA(未知生物)を宥めたり、巨大な池の主の上に跨ったりする姿が
似合うような気がする。
あ、そうか、フレネシとは
「フレンドはネッシー」の略だったのか!

笹 公人(歌人・宇宙ヤング)

アルバム「ゲンダイ」へのコメント

音楽的ショートショート

とんでもないオチが待っているかと思えば、
着地点が不明瞭なまま終わってみせたり。
ともかく彼方此方振り回される。
気持ちがぐわっと持って行かれちゃうのです。
でも最後の最後に

「全部嘘よ。」

と言われるような・・・。でも、次の瞬間、

「これがホントのゲンダイなのよ。」

ってまた煙に巻かれるような、この中毒性のあるSっ気。

で、ついつい「結局どうなんですかフレネシ先生ー!?」
と、またはじめからアルバムを聴いてしまうのです。

世の中のM気質達必聴な一枚です。

このアルバムが世に出る秋から、振り回されたいフレネシチルドレンで街は溢れることでしょう。
フレネシ学園の交換留学生として過ごした私も、勿論その ひ と り。

シーナアキコ(シーナアキコと薔薇の木)

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「渋谷系って言われたくないよねー」とか言ってたくせに「なんだよ、ネオ渋谷系って!」って怒ってた人たちの背中を見て育ったフレネシ世代の代表選手、フレネシの最新アルバム。フレンチもエキゾもテクノポップも80年代アイドル歌謡も(←ココに集約か)ごちゃまぜにして、おんなじジャケット(色はちがう)でまたまた登場!もう最強!好き!重婚してください!ところで作詞のセンス天才ですね!

行 達也(mona records)

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フレネシの曲は宇宙的で未来的だから好きだ。
でも、フレネシの曲の未来感は何かおかしい。捻じ曲がっている。
新しいのに古い、古いのに新しいという時代感の混乱は恐らく
多くの聴き手がフレネシの曲に対して漠然と感じていることだろう。
そしてまた多くが原因不明のまま鼻の奥につくような
懐かしい感覚に魅了され、
気付けば彼女が生み出す不条理な世界のとりこになっている。
私はフレネシの曲を聴くたびに彼女がいる時代について考える。
彼女が見ているのは、現代なのか、過去なのか、未来なのか。

さて、彼女の曲の持つ時代感の混乱に話を戻したい。
フレネシの電気的な音作りとその躍動感は間違いなく新しいが、
「音選び」に関してはわざと新しくなりすぎないように
外しているのではないか、と素人ながらに思うことがある。

というのは憶測に過ぎないがそう思う根拠もないことはない。
彼女が扱うテーマは歌詞にしても「近未来」的なものである場合が多いが、
実際に選択される語彙はしばしば唐突なまでに古いというか、
色褪せてしまったものを意図的に再利用している場面が多々見られるように思う。
「成仏させてよ」に登場する「摩天楼」という単語は象徴的で、超高層ビルという未来的なものを表現するものであるにも関わらず
もはや使う人もほとんどいなくて死語に近いという「新しいのか古いのかわからない言葉」の権化と言っても過言ではない。
こういった時代的混乱を孕んだ言葉を彼女は鋭い嗅覚で察知し、
どんぐりを集める小動物のように脳内にコレクションしているのではないかと思う。

交差点、ビル、歩道橋のような、誰もが子供の頃から認識している世界の一部が
フレネシの歌詞に頻繁に出現しているのも見逃せない。
子供の頃に見たテレビ、読んだ絵本や漫画、大人のついた嘘、
流入してくる莫大な量の情報に対して突貫工事で作られた世界に対する間違った認識は、
教育や経験や生きていく過程で矯正され、常識として他人と共通のものに書き換えられていくが、
彼女はまだその突貫工事で作られた世界を隠し持っているのではないかと感じる。
私たちが過去に夢見た未来もこれに似ている。
私たちが未来に対してどんな突飛な期待をしようと、少しずつ未来は今日にやってきてつまらない現実となり、日常を埋め尽くしていく。
過去に夢見た突飛な未来の記憶は、実際に実現したつまらない現在の記憶に書き換えられていって、
子供が大人になるのと同じ要領で世界は狭まりつまらなくなっていってしまう。
そうして、過去と、実現したつまらない未来の狭間に呑み込まれて消えていった矛盾だらけの世界や、
突飛な「未来」への期待を、フレネシは子供になって、あるいは過去から未来を見る人になって拾い上げてくれる。
だからフレネシの描く世界は新しいのに古くて、ところどころぐねぐね曲がったり滲んだりしてとらえきれないのだろう。

フレネシが見せてくれるのは過去でも未来でも、ましてやつまらない成れの果てみたいな現代でもない。
過去から見た間違いだらけの未来であるゲンダイ。

最初から最後まで一秒も退屈させないストイックなまでの覚悟を
ささやき声で包み隠したこのしたたかなアルバムは
紛うことなきフレネシの真骨頂、
フレネシオブフレネシとしてフレネシ史に名を刻むだろう。

小野 ほりでい(ライター)2012.8.31.

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これは間違いなく多くの人に聴かれる作品になった!
ゲンダイのサンプル盤を聴きながら僕は素直にそう思った。

フレネシさんとの出会いを遡れば10年以上前になる。
以来自主制作カセット時代からほぼ漏れなく作品は聴かせていただいているのだが
キュプラからはじまり立て続けにリリースされた近年の作品の変化に驚かされた人も多いのでは!?
しかし作品を並べてみると根底にある初期衝動的な部分はむしろ原点回帰しているように思う。

更にその中でも今作は今までと何かが違う。
キャッチっぽく言えば過激かつ更に普遍的になったサウンド!?

奇をてらった特徴のある音楽を作ることは比較的簡単なことだ。
しかしそういったアイデンティティと普遍性、
そしてまさにゲンダイの空気感とリアリティーとが見事にバランスを取り、
その絶妙なギリギリラインを保った状態で芸術的化学反応を起こす事がごく稀にあって、
僕はそれがポップミュージックの魔法だと思っている。
そして今作ゲンダイは間違いなくその中の一つに入ったと言える。

制服を着た女子高生からサブカルチャー全盛期にどっぷりはまっていた世代まで、
大きく間口を広げ増殖し続けるフレネシスト

まるでツイートするかのように、即座にイメージを形にしてしまう。
セルフプロデュース術を身に付けたフレネシはもはや無敵なのです。

小幡 泰久(YURURIANNA)2012.8.31.

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見えないものへの興味、あるいは辿り着けない場所に対する憧憬は、
人類を突き動かし、時には世紀の発見を、時には荒唐無稽な珍説を生み出してきた。
現代においては、技術の進歩が世界の距離を縮める一方で、見えないもの、
辿り着けない場所は、さらに透明化し、さらに遠くなりながらも、その輝きを増す。
無粋なリアリズムなどどこ吹く風、とでもいうように。

フレネシの世界は、まさにこうした輝きをもったものである。
歌声の倍音成分は、消え入ってしまいそうでいて、
しかし、カメラに映り込んでしまった亡霊のように私たちの感情に訴えかける。

『ゲンダイ』を再生した途端、世界の皮は一枚ぺろりと捲られ、
その内側や裏側にあるもうひとつの、確かにある何かが顔をのぞかせる。
それは、あたかもバード少尉やヤンセン親子が見てしまった世界。
囁き声が誘う地球の内側へようこそ!

青野 賢一(BEAMS クリエイティブディレクター)

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最近は80年代に幻想を持つ世代も増えてきたけど、
あの時代に10 代を過ごした側からしたらものすごく格好悪い時代でもあったわけで。

その点、80年代の表面的な可愛らしさだけじゃなくて、
その格好悪さも含めて現代に再現しているフレネシさんは信用出来ます!

吉田 豪(プロ書評家&プロ・インタビュアー)

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フレネシさんの通奏低音は「エレガンスと少女性」。
その上で奏でられた「善と悪 0と1 生と死」。

矛盾をはらむ何か2つ以上のことが絡み合い、拮抗し、
ドロドロと音を立てて流れ出す。
スマートなだけではおそらく何も成立しない。

というような印象を抱いているのですが、
これもまたフレネシ釈迦如来様の手の中でございます。

エックス・しゃんぺ~ (INN JAPAN)
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なつかしいようで新感覚!意味深なキーワードもキャッチーに!
そんな一筋縄ではいかない、けれども心躍るサウンドに、僕は心酔しちゃいました☆
都市へ渚へ霊界へ!早朝も昼下がりも真夜中も!
フレネシさんのガイドのもと、はとバスに乗って
ユーモアいっぱいのゲンダイ社会を観光してる気分になれますヨ~~~!

ヒューマン・ケンタロウス(INN JAPAN)2012.8.9.

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「うふふ」と、会う時にはいつも上品な笑みを浮かべるフレネシさん。
この「ゲンダイ」というアルバム曲を聴いて感じたのは、まさに、その「うふふ」。
フレネシさんの遊び心やわるだくみ(いたずら)が、上品かつ優雅に飛び回っている。

何やらむつかしく言ってしまいましたが、「ゲンダイ」すごく好きです。
なんてったって曲が良いったらありゃしない。

遠い昔の記憶、確か小学生だったとき、家族旅行で、移動中の車内で流れていた曲を、僕は未だに覚えている。
その曲は、明石家さんまの「真赤なウソ」。

僕も、娘が小学生になったら、家族旅行を計画して、この「ゲンダイ」を聴かせようと思う。
たとえ、娘がささやき声しか出せなくなったとしても。

ヤマノイズ(INN JAPAN)2012.8.13.

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何も無いただ真っ白な部屋の真ん中で、目のところをくり抜いた青い布を被り地蔵の頭を持ち、考え抜かれた舞を舞っている男を8台のモニターで監視するという仕事を終えた僕は、職場からそう遠くない人気の無い空き地にまっすぐ向かった。この小さな空地の土管の中で折り紙を折ることが僕の唯一と言っていい趣味である。今日は思い切って”首の無いボクサー”を折ってやろうと意気込み窮屈な土管の中で肩をぐるぐると回していた矢先、突然心地の良いメロディが僕の意識に入ってきた。愉快な音。とぎれとぎれ、断片的に聴こえてくるその愉快な音が気になり、これから首の無いボクサーになるはずだった金色の色紙を土管の中に残し、僕は土管を出た。そこには0輪車(地面に刺さっているサドル)にまたがり姿勢よく読書をしているピエロがいた。豪華なトーストのような機械を首からぶら下げていて、その愉快な音はどうやらそこから流れているようだ。10分ほど棒立ちでジッと様子を見ていてわかったのだが、”ピエロのピンと伸びた背筋が少しでもへなったとき”にそれをピエロに知らせるためその機械から音が流れ、また元の美しい姿勢に戻ると鳴り止む仕組みになっているらしい。音が流れると、ピエロはビクリとしてすぐに背筋をしゃんと伸ばすので音が流れる時間はほんのわずかであった。僕はもっと長いことその心地の良いメロディを耳にしていたかったので、ピエロの興味を引き、伸びすぎた背筋を崩すためあれこれ手を尽くした。朝起きてすぐたこ焼きを投げる人のモノマネをしたり、透明な政治家と闘ったり、鼻と鼻がくっつくくらいピエロに顔を近づけ口を大きく開け口の中にいる金魚の死骸を見せたりした。青いバンダナで目隠しをしてコサックダンスを踊っていたら見事にバランスを崩し、隣で横になり手淫していた白衣に横分けの男につまづいて地面に倒れた。僕は目隠しを外しながらゆっくりと立ち上がり、白衣の男を蹴り飛ばした。何度も何度も蹴り飛ばした。蹴られてる間も白衣の男は手淫をやめようとはしなかった。ピエロはそれを見てグワングワンのけ反って笑ったので、初めて長い間”音”を聴けた。もっともっと聴いていたい。ここぞとばかりに後ろを向いて次の出し物の準備(ポケットに入っていたドラえもんの顔がプリントされている紙を取り出し、その紙と顔を重ねておでこに単三電池を刺さして顔と紙を留めた格好)をして勢いよくピエロのほうに振り向いた。が、目の前に見えたのは、折れたゴルフクラブのドット絵がデカデカと描いてあるトラックの下で血と泥にまみれた数分前までピエロだった塊だった。僕はお面を捨て唖然としながら三角座りをしていると、トラックの運転席の窓が開いて髭面の肥えたオヤジがひょっこり顔を出した。そのピザを滅茶苦茶に殴った後の握りこぶしのような汚らしいオヤジは「近くの公民館で巨乳のゾンビが見れるらしい」と言ったので、僕は「行きます」と言い、ピエロの血ですっかりオシャレになった”鳴る機械”を拾い上げ、首にかけてからトラックの助手席に乗った。膝を抱え、背筋を丸めてその心地の良いメロディを最後まで聴いた。

このときから、僕はフレネシのその中毒性抜群なメロディの虜になっていた。今回の「ゲンダイ」というアルバムも、全部のポーズをしたフレネシが詰まっている代物。一度聴いてしまうと、弾むようなメロディに体の中を支配されてしまう感覚。切り傷などの怪我をしたときそこからフレネシの音楽が漏れて聞こえてくるのではないかと思うほど。そんな美しい音楽を作るフレネシのことを今日から「弁方位(べんほうい)」と呼ぼうと思う。ちなみに巨乳のゾンビはいなかった。

ぼく脳(芸人) 2012.8.8.

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「出会って間もない頃だったか。少女漫画から飛び出したようなレインコートを身にまとったフレネシは見事にコケた。そのコケっぷりがあまりにも豪快で鮮やかで芸術的だったので、こちらも大変感動したのであるが、あれは最初に体感したフレネシ魔法だったと思う。以来、曲作りの圧倒的なスキルの高さに心奪われ、素敵な金縛り状態が続いている。

このアルバムの曲も、すべてが完璧の一歩手前で、見事に芸術的なコケ方をしてしまっている。音楽は計算だけではつまらない。ある種の事故も音楽の醍醐味。それがわかってるからこそ、いつも彼女は自分で自分を実験台に乗せるのだろう。

美しいメロディに泣きそうになった曲もあったが、タイトルが「成仏させてよ」だったのでふと我に返った。これも魔法のひとつなのか。何だかいつもこんな調子なのである」

ショック太郎(blue marble) 2012.8.7.

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「本当はアルバムの感想をと言われたのだけど、曲の感想も別に書く必要ないなと。
どれも形はちがうのに、切るとみんなフレネシ。もう、ホント悔しいったらないよ。
1stのプロデュースは僕がさせてもらって、それ以降は自身でセルフプロデュースの形をとって、
独自の作品作りをしてきているフレネシ。
以降は僕自身ベースを弾く事のみで、少し遠くからこの制作を眺めていました。
1stではオーディオ的にも色々が僕の好みが結構全面に出ていて、
フレネシ本人にある種のフラストレーションと期待を残した作品だと思う。
そのフラストレーションが2ndで100%に近い形で、本人の作品として炸裂したのは、正直面食らった。
とんでもない化け物と、僕は仕事をしていたんだなと。
そしてこの3rdだ。
オーディオ的にもアレンジ的にも、2ndを遥かに凌いでこれぞフレネシ!!と堂々と言える、すごい作品になった。
作風も幅を広げ2010年代のアーティストとして堂々と渡り歩ける、
まさに時代の波にしっかり乗ったアーティスト性をここにきて発揮している。
一般的に相対性理論とよく比較されるのだけども、作詞作曲、アレンジ、演奏など基本的に
全てフレネシ本人(制作チームはいるだろうが、鍵盤が卓越しているので、基本的鍵盤モノの演奏は全てという意味で)である。
そこの点でも、彼女が如何に類い稀なる才能を持ってるか分かる。
つまり、やっと時代がフレネシに追いついたのだ。
正直なところ、このアルバムのアレンジや諸々、僕が関わったらこうはならなかった。ここは、お世辞抜きに悔しいと思った。
曲りなりにも、アレンジャーを生業にしている僕が、これは絶対に作れないと思った。
そんなフレネシを、ベースを弾く事で参加し、そのドキュメンタリーをリアルタイムで体験してる僕は、奇跡の渦中にいる」

山口洋輔(フラッシュバックあの人)2012.8.7.

「キュプラ」「メルヘン」への推薦コメント

コンピューターおばあちゃん聞かせて頂きました。
僕らがやっていた頃のものより、
リアルにおばあちゃんを思いやる現代の娘の気持ちが表現されていて
じーんとしながら聞きましたよ、!
テクノという無機質感たっぷりのバックトラックは、
逆に人間の暖かみを浮き彫りにさせてくれます。
これからもバランスの良い 素敵な音楽を作り続けて下さい。
(井上ヨシマサ / exコスミックインベンション)

歩道橋から仰ぎ見る飛行機雲。その先端で、彼女が微笑んでいるような気がした。
日常/非日常。散文的/韻文的。ビター/スイート。ロマン/リアル。
私たちが、知らず知らずに、引いた線。
その何もかもを、事もなげにスキップを踏むように超えていく―。
まるで重力を制御できるかのように。
どの世界(フィールド)も行き来出来るようになった彼女が何処に向かうのかは、彼女しか知らない。
フレネシ、孵化―
21世紀の乙女心、芯は簡単に萎れない。
ふじいりょう(ブロガー/ライター)

2009年。ブロッサム・ディアリーが天に召された年と同じくして、
ウィスパーの国から遅れてやって来た才女の新作。
たおやかな美貌の仮面を剥げば、技巧と浮遊感に溢れたソングライティングで
趣味の音楽ファンをピンポイントで悩殺するPOPスナイパー。
独特の翳りを湛えた、穿った視点と
仏映画音楽のマエストロ顔負けの儚く甘美なメロディセンスは今回も健在。
今年の春に突如“不適切な映像物の含有”で話題となった「みんなのうた」出身の
テクノポップの迷曲カヴァーも意外に見えて実は絶妙な嵌まり具合を見せる。
のん気な音像へ巧みに混入された不穏なSEに毒っ気を感じてしまう。
他の楽曲との違和感を微塵も感じさせないという事実がこのアルバムの非凡さを物語っている。
近年再評価著しい映像作家、佐々木昭一郎の作品に影響を受けたタイトル曲を聴き、
夢見心地な退廃美に足元を掬われるがいい!
(オフィス都市色)

かわいい声で、そんなことを……
軽々と、舞うように、殿方(オールドタイプメン)をだまし、裏切り、
ニュータイプメン&ウィメンを悩殺してください。
8歳のあなたに、いったいどんな柳 <ウィロー> の精が憑依したのでしょう。
ビロードの肌触りにレイヨンの軽やかさ、そしてなかなか手に入らない。そこがまさしくキュプラです。
(内田 春菊 / 漫画家)

晴れている日も雨の日にも、真夜中にもよく似合う旋律が好き。
哲学的にも、ありふれた日常のようにも聴こえる歌詞が好き。
フランス映画みたいにポエティックなタイトルも。
ないしょばなしみたいだけど、女々しくない声が好き。淡いのに儚くはない彼女自身も。
もうずいぶんと前、フレネシ誕生の瞬間を知っている私。
それからずっと、いちファンとして、約10年。新作を待っていた甲斐があったものです。
だって、とても、あらゆる角度で、好きだから。
(甲斐 みのり / 文筆家)

本作には、ポリフォニックなリフとセクシーかつラグジュアリーなサウンド、
キュートなヴォーカルと硬派な詞で構成された、ノスタルジックで
ハードボイルドなスペイシー・エスノ・ポップ全13曲を収録。
その唯一無二の個性に誰もが圧倒されること必至、彼女の名前を全国に知らしめる一枚となりそうだ。
(oops music community)

フレネシさんの世界! クラシック音楽は良く分かりませんが、
オシャレ音楽というよりも昔の子供番組の主題歌のように分かりやすかったです。
(しかも曲名はそれぞれまるでハヤカワや創元の翻訳SF小説を思わせる
昭和っぽいタイトルでオタク受けします!)
楽曲はどこか懐かしい印象で、「アレッ何だっけな」と思い出したのは・・2人。
そう、「あばれはっちゃく」でデビューしておニャン子クラブにも関わった早瀬優香子さんと、
「世界のナベタケ」こと(誰も言ってない)アニメソングの巨匠作曲家・渡辺岳夫さんの「影響?」です。
ラテンっぽく聴こえたんですが色々だと思います。
フランス歌謡曲かなとも最初思ったのですが、どちらかと言えばイタリア、いやスペイン、
待て、南米スペイン語圏の音楽に近いイメージです。
「情熱」とは対極にあるラテン感覚なのかな。
ナベタケさんアニメ楽曲の底流にはおそらくタンゴの哀愁があったかと思いますが、
フレネシさんの楽曲も、温度上昇をあえて避けた「固い」印象です。
その上で軽やかでもあります。
個人的には3曲目と最終曲がお気に入りです
(3曲目は昼間からお酒を飲みたくなる感じが、また最終収録曲は音色のバランスが好き)。
アルバム全体、とてもオススメなので、みなさんに楽しく聴いていただきたく思います。
(オタク評論家・宅八郎)